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湘南隠居倶楽部

ダイエット中

現実から逃げない。

人生 社会

湘南隠居倶楽部
独りで生きている人を応援
している。

 

勿論人は一人では生きていけない。
社会があるからインターネットは
できているし、住む場所や食べる物
が存在している。

 

きっと人には、それぞれの役割がある。
その役割に出会うまでが重要なのである。

 

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湘南隠居倶楽部は新卒就活をしている
若者を応援しています!(嘘)

 

 

【究極的な事を言おう】

究極的な事を言おう。
(究極という言葉は好きだ)

 

結局は人生は富を目指すのが
正しい遊び方だと僕は思う。

 

豊かさである。

 

豊かさis大事。

 

金持ちになるとか、
時間持ちになるとか、
人に恵まれるとか、
欲しい物に囲まれるとか。

 

何だって良い。
自分にとっての豊かさが大事。

 

分かりやすいのは
お金を得る事。

 

こういった世の中の
流れの中で人々が
万能の交換ツールである
貨幣を求めるのは
当然の事だ。

 

何せお金は交換する事も
保存する事も価値を計る
のにも大変便利なのだから。

 

だから、悩んでいる人は
金儲けに走れば良いと思う。

 

金は良い。無色透明だ。
そしてお金があれば人に何かを
任せられる。

サービスや物と交換できる。
お金はまとまると価値になる。

 

とにかく、そんな便利なモノ
だから集めようとすれば良い。

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じゃあズルをしてでも稼げるか?
といったら否である。世の中は
思った以上に合理的であり、人々の
感情が乗らない事や、法律的に
反していると真の富を得るのは
難しくなっているからである。

 

 

【お金は正しい】

お金儲けと言うとダーティーな
イメージが先行するだろう。
世間一般ではそういった風潮である。

 

だけれども、本質的にはそうでは無い。
金融という言葉はお金を融通するで
お金が無い所にお金を流し込み
win-winを得るのが本来の意味合いだ。

 

堀江貴文さん(ホリエモン)が
お金は信用とも表現した。

 

これはわかりやすいなと思う。

 

今お金が全く無い人、
お金が使えない人は
端的に言えば信用が無い。

 

そういう事になるだろう。

 

結局は生活費レベルでも
少しでも貯金がある人や
プラスマイナスゼロでも
働いている人は信用が
ある世の中なのだ。

 

 

【隠居で知った世の中】

仕事の空き時間があり過ぎたので、
自分の事を揶揄して半ニート
名乗りWEBで活動していた時期がある。

 

同じような境遇の人にもそれなりに出会えた。

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隠居人間にも実は色々なタイプがいる。
ふらふらにもカテゴリーがあるのだ。
生態系を改めて見てみよう。

 

 

①実はお金持っているような、
不労所得や資産を切り崩している
投資家・資本家リタイアタイプ。

 

②学業や仕事で挫折したり病気をして、
途中で組織で働けなくなった中途挫折を
しながら模索しているフリーターや
フリーランス

 

③本当に一切働いた事も無いような
人生迂回型の真性ニートや引きこもり
らしき人たち。

 

 

この中で僕はと言うと、今まで
学業で挫折し、プラプラバイトしたり、
行ったり来たりして、なんちゃってかも
しれないが、フリーランスのような事を
しているのでカテゴリーの二番目だろうか。

 

まぁ、最低限だが人に雇われて稼いだ事
もあるし、請負契約で何かを作ってお金を
貰った事もある。後、微力だが保有している
金融商品からお金が生まれる事も知っている。
(これは未だ高校生のお小遣いレベルだが)

 

正直、何かあったら1年間くらいは本当の本当に何も
しないで生きていけるような生活基盤を僕は
持っている位だと思う。我ながらギリギリ
ツナ渡りである。

 

 

 

PDCAを回そう】

ただカッコいいフレームワーク
言葉を使いたかっただけなのだが、
とにかく少しでも行動した方が良い。

 

3年間かけて3歩進んで2歩下がる生き方
を何回もやってきた僕ですら立ち止まって
しまってはいけない事はわかっている。

 

一時期は学歴コンプに悩まされて、
大学に入りなおそうと思った事もある。
だけれども、学校で学び直したい事は自分には
もう既に無く、ただ経歴を直したいとか、
形式的な肩書が欲しいだけだと思ったので
完全に諦めた。人生は諦めが肝心だ。

 

最近はそういう事よりも、もっとお金が
欲しいお金が欲しいと金の亡者の如く、
お金を得る方法を考える方が楽しい。

 

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どすこい!

 

 

実際の所ぐちゃぐちゃの経歴で
大学に入り直して普通の人ぶるより、
「謎のフリーランスやっているんで。」
の方が展開的に美味しい気がしたのだ。
小遣い程度にはお金が入るからだ。

 

学校に入っても新卒で会社員になれる
訳でもないのに今更高い学費は無駄だ。

先述した通りお金は信用なのだが、
無意味な事にお金を費やすのは、
信用を捨てる事だと思っている。

 

更に言うならば、お金が信用ならば、
時間は命である。今から4年間も
何かに縛られたくないでござる。

 

そんな分かりやすい形式的な事を
選び続けたら人生の自由度がドンドン
下がってしまう。

 

そんな事よりも、やる事がある。
お金を稼がないと生きていけない。

 

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勿論、何か目的があったり、
学び直したい人が学校に入り
直すのは推奨する。

 

決して再入学や再受験は無駄
では無いよとは言及しておく。

 

 

【賽は投げられた】

暇人なりに考えると

・人生は富を目指すゲーム
・お金は信用
・時間は命


などと書いてきた。
これは勿論、僕にとっての
人生の遊び方や捉え方だ。
価値観である。人生。

 

(まぁ、勿論お金がここまで
流通している時点でほぼ全て
の人がそう認識しているはずだが)

 

 

こんな事言っててお前は
金持ってねーだろ!と
突っ込まれたらそこまでに
なるかもしれない。

 

でも、本質を見誤ると
ミスると思ったから
この記事を書いている。

 

一時期は、心が大事、
これから心の時代が来る。
みたいな事を真剣に考えて
いたくらい僕は日々に悩んでいた。

 

だけれども、コペルニクス的転回
が起きてからは人間や心が最上の大切
なモノでありつつも、それを豊かにし、
社会全体を大切に守っていくには
経済力という手段が大切だと思う
ようになったのである。

 

手段が足りないと目的が
達成できないでは無いか。

 

 

 

一昔前は
ネットを見ていると

 

持たない暮らし!

 

無くても豊か!

 

働いたら負け!

 

みたいなフレーズが多かった印象。

 

勿論、寿命で死ぬまで、
それで満足度が高い暮らしが
あればそれで良いと思う。
(実家が金持ちとか、
節制すれば可能かもしれない)

 

ただ、今の僕には理解できない。
持たないと不便になる。
何かが無いと不便になる。
働かないと基本はお金は入らない。
(一部の条件を除く)

 

 

一時期、そういった消極過ぎる
貨幣経済を批判するような生き方を
友人に勧められたり教えられて、
面白いなとは思ったりもした。

 

でも、0は不味い。

 

週3~4回だけ働いて、
少ない収入でも自分のやりたい事や
生活インフラを守っていき、
ノンビリ暮らすとかは僕の感覚では
割とありかなーとは思う。

 

 

だけれども、弱さを売りにし過ぎると
結局は本人も誰も幸せにならないのでは
無いのかなと思っている。

 

勿論、弱ってた時期にそういう
スタンスを作ってしまった自分自身の
経験もあるからわかるけど、
いつまでも弱さアピールしていられない。
せいぜい25歳くらいまでだと思う。

 

弱いから勘弁してくれよ。
弱いから多めにみてくれよ。
弱いから頑張りたくない。

みたいな考え方は好きじゃない。
これは、生活保護の不正受給者が
問題になっているという点から、
偽りの弱者が大量に生まれている
部分もあるだろう。

 

そりゃあ、僕自身だって
やや病弱気質な部分もある
という自覚はある。


たまにはネットでも友達との飲みの席でも
弱音や愚痴も吐く。だけど、それを当然のように
振る舞っていたら誰もついて来なくなる気がする。
だから、なるべく言わないし出さない事にした。

 

弱さを売りにして付き合ってもらうより、
強さを売りにして付き合える関係が素敵だ。
仮に弱いままでも強くなろうとする姿勢が大切だ。

 

 

【結局は商業的】

スーパーニートの生き方に
憧れていると仲間が目を輝かせて
いた。彼はその手の本を読んでいた。

 

でも、本を出したりテレビに
出演している時点でその人は
有名人で人の繋がりというインフラ
があり、印税も入る。作家である。

 

そういった界隈の頂点にいれば
その頂点の人は暮らしていける。


僕は最近はあの手の考え方が
胡散臭いなと思うようになったのは、
信者になった人が結局は幸せになれない
仕組みだと思ったからだろう。

 

新しい生き方みたいな本とか、
ニートや持たざる者として生きるみたいな
本とかは全て捨てた。

 

なんちゃってライターとして僕は活動して
いる面もあるが、あれもどうしても商業的
な要素があると思う。
(まだ仲間内に緩いつながりで変な
ピラミッドにはあまりなっていない印象)

 

まぁ、結局は商業的な世の中だよな。
と思うしそれら全てが悪いとは思わない。


ただ、オリジナリティのあるやり方をして
スペシャリティであったり、「個」としての
何かを示さないと先細りだと思う。

 

ニート推進派が多いのも、
ニート肯定派が多いのも、
別に僕に迷惑がかからなければ
気にならないのだが、そういった事を
煽る世の中が良くない気がしてきた。

 

だって、最後は親も死に、
誰もニートの面倒を見れず、
人生が詰むのが見えているのに。

 

そういった人たちを生かすために
税金が増える世の中はナンセンス
では無いだろうか。

 

 

【現実から逃げない】

恥ずかしながら僕自身、挫折を重ね
迂回ノイローゼのような状況だった。

 

ニート肯定派だった時期もあったと
思うし、今でも僕がまともな大人か
と言われたらハッキリとは答えられない。

 

過ぎ去った事だから言ってしまうが、
僕はフリーターでワープアだったし、
色々と軌道に乗ってからもフラフラしてる
節はまだまだあると思う。

 

ただ、これはこの記事の序盤に書いた
基盤を既にある程度形成する事に成功
したから行っている行動であり、
ニートを推奨するものではない。

 

むしろ、向上心を失ってゲームとか
アニメとか漫画とかしかやってない
タイプのニートは僕はプラスに見れない。

 

事情があって、ニートになってしまった。
だけれども、いつか這い上がる為に準備を
している、準備をしている、研鑽している。
みたいなタイプの人ならばプラスに見れる。

 

現実から逃げようと思ったら
逃げきれなかった人間の言葉なのだが、
真性の迂回ノイローゼ型のニートには
未来は無い事だけは断定できる。

 

仮に逆境下にいるのならば、
その余っている時間で何かを
しなければならない。

 

知識や技術を磨き、
何かしらの価値を示して
お金という信用を手に入れる。


そういった事を、外部装置
のような立ち位置でも良いから、
愚直に経験していく。

 

バイタリティを持とう。

 

隠居は隠居でも、
戦略的な隠居と
不毛な隠居があるのだ。


意味のある戦略的な
逃げは良い。勝てば官軍だ。
現実逃避の逃げは駄目だ。

 

隠居学を10年かけて学んで来た
男の言葉なので、わかって欲しい。

 

死んだふりをしていたつもりが、
本当に死んでしまったらつまらない
ではないか。もっと楽しもう。

 

 

 

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戦うあなたを応援しています。
(会員は自分のみである)